歪
他人が口がさないのか、言わせる方が悪いのか。
多分、両方だ。
アスハ代表の“お妾さん”
そう裏で言われているのは知っていた。
宇宙から連れ戻った戦犯の息子を囲い、私設護衛として傍に置いていると。
初めて聞いたときアスランは激昂した。
自分の扱いについてではない。男妾を公にするような人だと、カガリが思われたことにだ。
カガリには婚約者いる。
本人は納得していないが、将来夫となる人が定められていた。
古い口約束だというが、それを跳ね除ける力がアスランにもカガリにもなかった。
カガリはまずアスハ家の当主として立たなければならなかったし、その上で遺った者達と国を纏めなくてはいけない。
旗頭が必要だった。
あれよあれよとカガリが代表首長になることが決まった。
求められたのは国民に愛される傀儡であること。
彼女は閣僚の一人も自身で選ぶことのできなかった。
表向きは誰しもがカガリ様、カガリ様と阿る。
オーブの理念を尊ぶカガリとは裏腹に、見かけは中立を主義としても内々の大勢は大西洋連邦に寄っていた。
あの宰相もそうだ。
カガリをいいように御そうと息子を尤もらしい理由で婚約者にした。
何度歯を噛み締め、爪が食い込むほど拳を握り、藻掻く彼女を見ただろう。
苦しむカガリを守りたくて、カガリが理想とする世界の助けになりたくて。
傍らにいるうちに、妾と呼ばれていた。
あの婚約者がいるから。
「アスラン?」
声を掛けられ思考の海に没頭していたことに気づきはっとした。
カガリが心配そうに覗き込んでいる。
そうだ、今は官邸からアスハ邸に移動する車の中だった。
護衛としては失格な自分に思わず首を振る。
「お前、大丈夫か?」
「……大丈夫だ」
今更ながら身に活を入れた。
カガリを守る。それが仕事であり自分の意志であり、なにより愛情のひとつだから。
カガリに心配されるほど上の空だったのは、迎えに行った官邸でアスランに聞こえてきた公然の噂話が原因だ。
『カガリ様に取り入った間男』
『所詮妾でしょう』
『戦犯の息子が男妾などど恥を知れ』
この程度では揺らがないと思っていた。
だが、一人の人間とすら見られていないような扱いに時々は気分も荒む。
特にカガリと一緒に歩いてきたユウナ・ロマ・セイランを見てしまったが故に。
彼がいなければ、カガリの隣には自分がいたのだろうか。
思い、詮無いことだと切り捨てた。
嫉妬にまみれた心まま、カガリと一緒にいたくはなかった。
貴重な二人だけの時間。
最近頓に疲れの滲むカガリを癒やしてあげたかった。
そしてカガリの綻んだ顔を見てアスランも癒されるのだ。
「お前も私も明日は久しぶりの休みだろう。アスランもゆっくり休め」
「そうだな」
「だから…………今日のアレは気にする必要なんか、ないから」
アスランは驚き目を見開く。
「カガリ……」
聞こえていたのか。
ごめん、と小さく呟くカガリに自身の不甲斐なさを呪った。
「えっと、その、……私にはアスランだけ、だから」
頬を染め照れなのか目を合わせようとしないけど。
カガリの言葉にアスランの心は凪いだ。
「俺も、カガリだけだよ」
そう言って、どちらともなくシートの上で重ねられた手のひらが暖かかった。